結論:知らないと受け取り損ねるもの
妊娠中につわりや切迫早産で会社を休んだとき、健康保険から傷病手当金が出ることがあります。産休に入る前の期間でも、条件を満たせば対象になり得ます。
そして、多くの記事が「産休(出産手当金)の期間に入ったら傷病手当金は打ち切り」と書いて終わっています。これは正確ではありません。
★出産手当金の期間でも、傷病手当金の差額が出ることがある
健康保険法には、こう書かれています。
出産手当金を支給する場合(第百八条第三項又は第四項に該当するときを除く。)においては、その期間、傷病手当金は、支給しない。ただし、その受けることができる出産手当金の額(略)が、第九十九条第二項の規定により算定される額より少ないときは、その差額を支給する。— 健康保険法 第103条第1項
つまり「支給しない」で終わりではなく、ただし書きがあるのです。協会けんぽも公式ページで、傷病手当金の額のほうが多い場合はその差額が傷病手当金として支給される、と説明しています。
⚠️ ただし「必ず得をする」わけではありません。差額が出るのは、傷病手当金のほうが高い場合に限られます。同額なら差額はゼロです。それでも「そもそも制度を知らずに申請しなかった」のと、「計算したうえで差額がなかった」のとでは、まったく違います。知らないまま逃しているとしたら、それはあなたの落ち度ではなく、制度の説明が届いていないだけです。
⚠️ この記事は制度と手続きの話だけをします。 休むべきかどうか、症状がどの程度かといった判断は書けません。そこは必ず、かかりつけの医師に相談してください。
傷病手当金とは
業務外の病気やケガで療養し、仕事を休んだときに、健康保険から支給されるお金です。対象は、勤務先の健康保険(協会けんぽ・健康保険組合など)の被保険者です。
⚠️ 国民健康保険に加入している自営業・フリーランスの方は、原則として対象外です。 国民健康保険法では、傷病手当金は「行うことができる」給付、つまり市区町村などが条例で定めた場合の任意給付とされています。
市町村及び組合は、前項の保険給付のほか、条例又は規約の定めるところにより、傷病手当金の支給その他の保険給付を行うことができる。— 国民健康保険法 第58条第2項
自営業・フリーランスの方の産前産後については、自営業・フリーランス・経営者に育休はない?で別に整理しています。
つわり・切迫早産で休んだときも対象になる
妊娠にともなう体調不良も、業務外の療養として傷病手当金の対象になり得ます。
⚠️ ただし「つわりなら必ずもらえる」ではありません。支給されるのは、療養のため労務に服することができないと認められる場合で、判断するのは加入している健康保険の保険者です。協会けんぽは、仕事に就けない状態かどうかは療養担当者(医師など)の意見等をもとに、本人の仕事の内容を考慮して判断すると説明しています。事務職か立ち仕事かで結論が変わり得る、ということです。
つまり医師の証明が前提になります。まずは受診の際に、仕事を休んでいる状況を医師に伝えてください。
4つの条件
協会けんぽは、傷病手当金が支給される条件を次のように整理しています。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| ① 業務外の療養 | 業務上・通勤災害によるもの(労災の対象)は含まれません |
| ② 働けない状態 | 療養のため仕事に就けないこと。⚠️ 判断は保険者 |
| ③ 連続3日の待期 | 連続した3日間の後、4日目以降が支給対象。待期には有給休暇や土日・祝日も含まれます |
| ④ 給与が出ていない | 給与が支払われている間は支給されません(少ない場合は差額) |
③は見落としがちです。⚠️ 待期の3日間は「連続」している必要があります。 飛び飛びに休んだ日を足しても待期は完成しません。
いくらもらえるか(計算の考え方)
1日あたりの額は、支給を始める日の属する月以前の直近の継続した12か月間の各月の標準報酬月額を平均した額の30分の1を出し、その3分の2にあたる金額です(それぞれ法律で定められた端数処理をします)。
例として、標準報酬月額の平均が30万円の場合を計算すると、30万円 ÷ 30 = 1万円、その3分の2で1日あたり6,667円となります。⚠️ これはあくまで一例です。ご自分の標準報酬月額は給与明細や勤務先、加入先の保険者で確認してください。
なお、標準報酬月額が定められている月が12か月に満たない場合は、法律で別の計算方法が決められています。該当しそうなときは保険者に確認してください。
いつまでもらえるか(通算1年6か月)
傷病手当金の支給期間は、同一の疾病又は負傷及びこれにより発した疾病に関しては、その支給を始めた日から通算して一年六月間とする。— 健康保険法 第99条第4項
⚠️ 「連続して1年6か月」ではなく「通算して1年6か月」です。途中で働いた期間があれば、その分はカウントされません。
★出産手当金との調整——ここが分かれ目
原則:出産手当金が出る期間は、傷病手当金は出ない
まず出産手当金の期間を確認します。
被保険者が出産したときは、出産の日(出産の日が出産の予定日後であるときは、出産の予定日)以前四十二日(多胎妊娠の場合においては、九十八日)から出産の日後五十六日までの間において労務に服さなかった期間、出産手当金を支給する。— 健康保険法 第102条第1項
この期間に入ると、原則として傷病手当金は支給されず、出産手当金に切り替わります。金額の考え方は出産手当金はいくら?で詳しく整理しています。
★例外:傷病手当金のほうが高ければ「差額」が支給される
原則には続きがあります。冒頭で引用した第103条第1項のただし書きです。出産手当金の額が、第99条第2項で計算した傷病手当金の額より少ないときは、その差額が支給される。
⚠️ 古い解説や条文の引用では、このただし書きが抜けていることがあります。判断のもとにするのは、必ず現行の条文と、加入先の保険者の案内にしてください。
なぜ金額に差が出るのか
同じ「標準報酬月額の平均 ÷ 30 × 2/3」で計算するのに、なぜ差が出るのか。理由は計算の起点になる月が違うからです。
- 傷病手当金:その傷病手当金の支給を始める日の属する月以前の直近12か月の平均で決まり、その額が支給期間中ずっと使われます
- 出産手当金:第99条第2項を準用しますが、起点は出産手当金の支給を始める日です
たとえば、つわりで早い時期から休んで傷病手当金が始まった人は、その時点の直近12か月で額が固定されます。一方、産休開始時点の直近12か月には、休んで給与が下がった月が入り込むことがあります。⚠️ 起点がずれれば、平均する12か月の中身もずれる。 だから2つの額は一致するとは限らず、差額が生まれ得るのです。
すでに傷病手当金が振り込まれていた場合の扱い(内払)
出産手当金が出るべき期間なのに、先に傷病手当金が振り込まれていた——これは実際に起こります。そのときは二重取りにも返金にもならず、内払として処理されます。
出産手当金を支給すべき場合において傷病手当金が支払われたときは、その支払われた傷病手当金(前項ただし書の規定により支払われたものを除く。)は、出産手当金の内払とみなす。— 健康保険法 第103条第2項
すでに受け取った分は出産手当金の一部を前払いで受け取ったものとみなされ、精算されます。⚠️ 慌てて自己判断で動かず、保険者の案内に従ってください。
給与が一部出ているときの調整
休んでいる間に会社から給与の一部が出るケースもあります。この場合も「全部なし」ではありません。
疾病にかかり、又は負傷した場合において報酬の全部又は一部を受けることができる者に対しては、これを受けることができる期間は、傷病手当金を支給しない。ただし、その受けることができる報酬の額が、第九十九条第二項の規定により算定される額より少ないとき(略)は、その差額を支給する。— 健康保険法 第108条第1項
考え方は出産手当金との調整と同じで、高いほうに合わせて差額を埋める仕組みです。出産手当金についても、報酬のほうが少なければ差額が支給される旨が第108条第2項に定められています。
申請のしかた
誰が何を書くのか(本人・会社・医師)
協会けんぽの「健康保険傷病手当金支給申請書」は、被保険者本人が書くページ、事業主(勤務先)が書くページ、療養担当者(医師など)が書くページに分かれています。⚠️ 本人だけでは完成しません。 会社に休んだ期間と給与の支払い状況を証明してもらい、医療機関に意見・証明を書いてもらう必要があります。
出産手当金の申請書も同じ構成で、事業主の証明と、医師または助産師の証明が必要です。
休みが続く場合、申請はまとめてではなく期間ごとに複数回行うのが一般的です。回数や締めのタイミングは勤務先や保険者の運用によるので、最初の申請時に確認しておくと後が楽になります。
申請できる期間には限りがある
健康保険の給付を受ける権利は、行使できる時から2年で時効により消滅します(健康保険法 第193条)。協会けんぽは、傷病手当金の時効の起算日は「労務不能であった日ごとにその翌日」、出産手当金は「労務に服さなかった日ごとにその翌日」と案内しています。
★裏を返せば、過去の分でも2年以内なら間に合う可能性があるということです。「あのとき申請しておけばよかった」と思い当たる方は、まず保険者に確認してみてください。
⚠️ 医師の証明がないと申請できない
繰り返しになりますが、療養担当者の記入欄が空欄のままでは申請は成立しません。⚠️ 証明を書いてもらえるかどうか、いつの期間について書けるかは、医師の判断です。この記事では判断できません。受診時に「傷病手当金の申請を考えている」と伝えておくのが確実です。
出産手当金・育児休業給付金へのつなぎ方
| 時期 | 受け取れる可能性があるもの | 出どころ |
|---|---|---|
| 産休前に体調不良で休んだ期間 | 傷病手当金 | 健康保険 |
| 出産日(予定日後の出産は予定日)以前42日(多胎98日)〜出産日後56日 | 出産手当金(+条件を満たせば傷病手当金の差額) | 健康保険 |
| 育児休業中 | 育児休業給付金 | 雇用保険 |
産後の給付とその後の流れは、育児休業給付金はいくら?と育休の終わる日を1日ずらすだけで、社会保険料が1か月分変わりますにまとめています。出産費用そのものについては出産育児一時金は50万円、産後の手続き全体は出産後にやる手続き全リストをご覧ください。
よくある質問
Q. 傷病手当金と出産手当金を同時に満額もらえますか?
A. いいえ。同じ期間について両方を満額受け取ることはできません。原則は出産手当金が優先され、傷病手当金のほうが高い場合にその差額が支給されます。
Q. 差額は自分から申請するのですか?
A. 取り扱いは保険者によって異なります。⚠️ ここは断定できないので、保険証に記載されている保険者(協会けんぽの支部、または健康保険組合)に、差額の有無と手続きの要否を直接確認してください。
Q. 健康保険組合でも同じですか?
A. 法律で定められた部分は共通ですが、⚠️ 健康保険組合には独自の付加給付がある場合があります。上乗せの有無は組合ごとに違うので、必ずご自身の組合に確認してください。
Q. 待期の3日間は有給休暇でもいいですか?
A. 協会けんぽは、待期の3日間には有給休暇や土日・祝日などの公休日も含まれると説明しています。ただし、有給で給与が出た日そのものは支給の対象になりません。
Q. 退職したらどうなりますか?
A. 資格喪失日の前日まで引き続き1年以上被保険者だった人が、資格を喪失した際に傷病手当金または出産手当金を受けているときは、継続して受けられる仕組みが健康保険法 第104条にあります。⚠️ 条件が細かいので、退職前に保険者へ確認するのが安全です。
この記事のまとめ
- 妊娠中の体調不良で休んだときも、傷病手当金の対象になり得る(⚠️ 判断は保険者、医師の証明が必要)
- ★出産手当金の期間でも、傷病手当金のほうが高ければ差額が支給される(健康保険法 第103条第1項ただし書き)
- 差が出るのは、2つの給付で計算の起点になる月が違うから
- 先に傷病手当金が振り込まれていても、内払として精算される
- 給与が一部出ている場合も、差額という考え方は同じ
- 権利は⚠️ 2年で時効。過去の分でも間に合うことがある
- ⚠️ 国民健康保険は傷病手当金が義務的な給付ではない。 自営業・フリーランスは別ルートを確認
- ⚠️ 最終的な可否と金額は、保険証に書かれている保険者に確認を
制度が分かりにくいのは、あなたのせいではありません。体調が落ち着いているときに、この記事を片手に一本だけ電話をかけてみてください。
この記事について
この記事はイクジヒロバが公開したものです。運営:やすぴ。内容は健康保険法・国民健康保険法および全国健康保険協会(協会けんぽ)の公表情報にもとづいて記載しています。⚠️ 支給の可否と金額を判断するのは、加入している健康保険の保険者です。 また体調に関する判断は医療機関にご相談ください。運営者・監修者のプロフィールは運営者情報をご覧ください。
e-Gov法令検索 健康保険法 https://laws.e-gov.go.jp/law/211AC0000000070
全国健康保険協会「傷病手当金」 https://www.kyoukaikenpo.or.jp/benefit/injury_and_sickness_allowance/index.html
全国健康保険協会「出産手当金」 https://www.kyoukaikenpo.or.jp/benefit/childbirth/001/index.html


